この記事は、ガストロラボ食スペシャリスト資格講座における卒業プレゼンテーションの内容をまとめたものです。
記事:冨田知英
発酵食品の歴史
世界最古の発酵食品は約8000年前にコーカサス地方(ジョージア)で作られたワインとされていますが、その歴史は長く、世界のあらゆる場所でその土地にあった発酵食品が生み出され、今では数億種類あると言われています。
しかし、その起源は、例えば桶の中にうっかり牛乳を放置していたらヨーグルトになっていた…というような、偶然の産物によるものがほとんどであり、また発酵が目に見えない微生物の仕業であることから、”どうしてかはよくわからないけれど、風味が変わる、保存が効くようになる” または”神の仕業”など神秘のものとされていたようです。
その後、フランスのルイ・パスツールによって発酵が微生物によるものであることが発見されたのは約150年前。ビールの醸造家から酸味が強いビールの原因の解明を依頼され、発酵が酵母という微生物の働きであったことが発見されました。
発酵食品の発展
微生物によって、食べ物が都合よく変化することを発酵、都合の悪いものとなることを腐敗とされていますが、これは微生物にとっては同じ活動である両者を、人間の都合で定義づけているに過ぎません。
しかし、何千年もの間、発酵の原理は解明されずとも、人々は腐敗ではなく、発酵が起こるためのメソッドを試行錯誤し、進化させることにより保存性を高め、風味や形状の変化を楽しみ、世界中でたくさんの発酵食品を生み出してきました。
科学の発達により、発酵食品に含まれる微生物(細菌)が腸内細菌に影響することで健康的なメリットがあるというプロバイオティクスの概念が定着し、近年は発酵食品ブームが起こっていますが、先人達が何千年(もしかしたら何万年?)とこの発酵というメソッドを食品作りに発展させてきたのは、本能的に健康にも良いということがわかっていたのかもしれません。
世界の発酵食品
さて、世界中の発酵食品を分析してみると、その土地の環境、風土、文化がそれらに反映されていることが見えてきました。
発酵食品が最も”合理的な手段”であったと感じたのはやはりロシアや北欧などの北方文化圏です。
冬は不毛の地となるため、春夏に収穫されたものを保存するためにピクルスなどの漬物の文化が浸透し、タンパク源として欠かせなかった乳発酵食品、また体温を上げるためのウオッカなどのアルコール濃度の高いお酒が生み出されました。また、ニシンを発酵させたスウェーデンのシュールストレミング、エスキモーがアザラシの体内で海鳥を発酵させたキビヤックなど、独特の製法で臭気の強いものが多いのも特徴で、これらも冬のタンパク源として欠かせなかったのだと思われます。風味を楽しむため、というよりは冬を乗り切るための手段として発展してきたことが感じられました。
次に、世界を西と東で分けて発酵文化を見てみると、バングラディッシュ付近を境にして、西は酵母による発酵文化、東はカビによる発酵文化と分類することができます。
ヨーロッパや中東などの西方圏では、乾燥した気候で少ない微生物によるシンプルな発酵をさせた食品が多く、それゆえに風味も万人受けしやすい、パンやチーズ、ワインなどグルメのスタンダードとなる発酵食品が多く誕生しました。また、生ハムやサラミなどの肉製品の乳酸発酵も特徴的です。
一方、アジアを中心とする東方圏では、高温多湿の環境を活かした、多種多様な微生物による複雑な発酵過程を経るものが多く、ゆえに風味は旨味が強く、バラエティに富んでいます。また、味噌や醤油、魚醤などの食文化の基礎となる発酵調味料が多く作られたきたこと、大豆などの植物性の発酵食品が多いのも特徴と言えます。
発酵大国、ニッポン
そのような東方圏の中でも、日本は発酵文化をリードする発酵大国です。
日本固有の微生物として存在するコウジカビ(麹菌)による発酵を主軸として、バラエティ豊かな発酵食品たちは、多様な生物が生息できる環境と日本人の繊細な管理と技術の賜物であり、またそれらが和食のユニークさを形作っています。
また、日本では古くより禅や茶道など、日常生活に自然の中の普遍性を見出すといった思想文化が根付いており、発酵もそのひとつとして考えられていたのではないでしょうか。
日本の古来の文化と発酵食品の関係性を改めて認識するとともに、日本の素晴らしい伝統である発酵食品の文化を守っていかなければならないという気持ちも強くなりました。
アメリカの日常の中の発酵食品
健康志向の高まりとともに、プロバイオティクスの概念が広まり、アメリカでも発酵食品はブームから日常的なものとして定着しつつあります。
中でもコンブチャやビネガー飲料は、日本のペットボトルのお茶のように飲料コーナーを席巻しており、既存のヨーグルトなどに加えて、アメリカ人に最も定着した発酵食品と言われているそうです。また、健康志向のスーパーでは乳発酵食品、ザワークラウトやピクルスなどの西洋発祥のものだけではなく、キムチや味噌、テンペ、甘酒なども定番となってきていて、コーナーは拡充しつつあります。また、自分たちで発酵食品を作ることは”クールなこと”として、発酵食品のワークショップなども盛んに行われるようになってきています。
発酵ガストロノミー
こうして、発酵食品を通して世界を見渡してみると、ガストロノミーを”食と風土の考察”と定義するのならば、先人達が築きあげてきた発酵食品の文化はまさにガストロノミーを表すものでした。
また科学の発展とともに、健康へのメリットの追求、また持続可能な食の開発として代替ミートの開発にも発酵のメソッドが注目されており、今後もまだまだ進化していく、古いけれども新しい食の分野でもあり、これからも注目していきたいと思います。
冨田知英
ガストロ2020−2021卒業生
ガストロラボ認定「グローバルガストロノミスト®」
私の故郷の山形では、発酵食品をベースとした郷土料理が数多く存在し、発酵食品がとても身近な存在である環境で育ちました。今回のガストロのクラスを通じて、世界の風土と食の関係性を学び、世界中の発酵食品を通じたガストロノミー を深めたい思いで、卒業のテーマに選びました。
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